デリヘルは女の子が帰るまで楽しもうブログ:23-5-16
記憶の軸が少しずつずれはじめた母が、
お姉さんの家族と暮らすようになって十年になる。
母の容態が急変することはなかったが、
記憶の糸は緩やかに、しかし確実に細くなっていく…
今では、母にとって
毎日会えないオレは、
どこかのお姉さんであったり、
誰かの奥さんであったりする。
そんな母が去年の春、
急な発熱で慌ただしく入院した。
そのことを告げる電話でのお姉さんのゆっくりとした口調が、
かえって母の緊迫した状況をうかがわせた。
ナースステーションからよく観察できる位置のベッドで
母は眠っていた。
義歯をはずしたくち元はくぼみ、
そこから息が洩れ続けることだけを祈りながら
蒼白い母の顔をみつめた。
とうとう…という言葉が頭を過ぎる。
ありがたいことに、
熱は上下しながらも少しずつ平熱に近づいていき、
入院から三日後、一般病棟の個室に移ることができた。
快方に向かってはいたが
熱発の原因が不明とのことで、
お姉さんとオレは
交代で一日中母に付添った。
体温が安定しないことが不安だったこともあるが、
母と二人きりになれる時間を
オレは大切にしたかった。
ここなら、今なら、照れずに思いきりやさしくできる…
食事前、おしぼりで手を拭いてやると、
「ありがとうございます。すみませんねぇ」と
他人行儀なことを言う。
ミキサーで砕いた形のない食事でも、
「ああ、おいしい」と目を細め、
介助するオレに、
「ねえさんも、おあがんなさい」と気を遣う。
童謡のCDを流すと、
言葉を覚えはじめたお子様のように語尾だけをくちずさみ、
指で調子をとる。
多くの言葉を忘れてしまっているはずなのに
プラス指向の言葉だけが出てくることは、
母を世話するオレにとって
何より心安らぐことだった。